まとめて掲載、奉拝 瑞巌寺

奉拝 瑞巌寺

  • 6月四寺廻廊の朱印帳を携え松島は瑞巌寺へ行って来ました。
    瑞巌寺は以前参拝したのですが、いつの日だったのかは今も思い出せません。
    もう随分前だったのでしょう。
    観光地らしく遊覧船発着付近の道路は車も人も込みあっていました。
    瑞巌寺総門から参道200mの直線は両脇に杉林を通り抜け、参道を歩くだけで、 その長さからこれから参拝する瑞巌寺の大きさを想像させます。
    瑞巌寺正面本堂は鹿島建設のフォロシートで覆われていました。
    国宝瑞巌寺はh20.11.月よりh.30.3月まで平成の大修理中とのこと本堂、中門、御成門など処により発掘調査も行うとのことで拝観できる処は限られていました。
    中門の前の杉の木に石斛(せっこく)の花が咲いています。
    6.7月が開花時期とかで老杉の地上20mほどの水平に伸びた枝の根元に、二株ピンクの花を咲かせていました。
    岩や古木に着生する性質とは言え、杉の木の上に咲く花ですから、一般的には見ることがない風景です。
    綺麗でしたが少々異様です。
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    公開しているのは庫裏、大書院、宝物館、御霊館のみでした。なお、 庫裏は大書院へ行く通路のみで大書院には入口手前から三代の開山木像、 ご本尊、政宗公位牌、及び伊達家の位牌が並べてありました。
    その中に円仁さんの位牌があるとのことで探しましたが無いのです。
    今一度探しましたがやはり無いのです。
    「ええ~。」でした。
    案内の方に聞いても円仁の名前すら知らない。
    しばらくして、
    ・・・・・・ありました。
    ご本尊と、政宗公の位牌の間に見つけました。
    政宗公の説明パネルの後ろに有り、見つける事が出来ませんでしたが、 黒塗りの位牌は、彫りの中に金箔を流し込んだ50cmほどの小さな物でした。
    瑞巌寺は天長5年、四寺の中では一番古く、828年慈攪大師円仁により天台宗延福寺として開創されました。
    その後鎌倉時代、法身禅師により瑞巌寺は臨済宗圓福寺として開山となり現在に至っています。
    天台宗が臨済宗に宗派が変わった瑞巌寺。
    その時、円仁に纏わるものは仏壇仏具一切焼き尽くされてしまい、現在残っているものは何も無いとの事でした。
    宗派の対立の激しさは想像以上だったようです。
    時代が時代であれば三代の開山木像の前に鎮座されなければならない円仁像が、 哀しいかな、小さな形ばかりの位牌のみが淋しく置かれていました。。
    それにしてもこの真新しい位牌、明らかに今回この「四寺廻廊」のキャンペーンに制作したのでしょう。
    このために駆り出された円仁さんも有難迷惑では、と思うと同時に現在の瑞巌寺にお座りする場所がはたして、 まだあるのだろうか?
    位牌を見て、ここに居る事は、場違いとしか思えませんでした。。
    そんな事を思いながら、少し重い足取りで瑞巌寺を後にしました。
    松島の帰り、電車の車窓から、芭蕉もこの時期、松島から平泉を目指し、 曽良と共に、このみどりの山並みの中を歩いたであろうと、色ずいた山の木々を眺めながら空想しました。
    「山 滴る」の季語を使うには少々早いけれど、新緑に覆われた山々は、 濃い深い緑に変わり北国の圧倒的なグリーンの中、無言で歩くふたりの姿。
    あぁ~。 その思いはまだ見ぬ、道の奥。
    北へ向かう、山また山へ。
    そして、我も。。。。
    ・・・・と、チヨッピリ感傷的になりました。

    2012.6.23.つぶやき四廊

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